十年の軌跡のアレキサンドリア側
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 わたくしは、レティーツィア。旧アーレンスバッハの一族であり、アレキサンドリアの領主一族となりました。
 わたくしは、養父母であるアウブ・アレキサンドリアとその伴侶、フェルディナンド様にとって喜ばしい存在ではありません。
 わたくしの犯した罪は隠され、傍からみればわたくしは、ランツェナーヴェ事変の被害者と見えるでしょう。
 しかし、わたくしは自らの罪を知っているのです。それなのに、加害者であるわたくしを、被害者であるフェルディナンド様は責めることはありませんでした。
 ローゼマイン様に至っては、わたくしを責めない事がフェルディナンド様が自身へ課した戒めであるとおっしゃられました。

 被害者と加害者の子供たちを、まとめて孤児院へ入れることには最初は驚きました。洗礼式を済んでいる子供は、青色見習いとして神事を行うようにと通達されました。
 最初は反抗的な子もいましたが、ハルトムート様の説法により冷静さを取り戻していきました。
 自らの力で貴族院へ通わなければならないことや学習に必要な費用の捻出など、寄る辺の無い親を失くしたわたくし達には到底無理なことばかりです。
 青色見習いとしてお努めをすることでお金を稼ぎ、貴族院へと備えなければなりません。その事実を突きつけられて、貴族として生きるか魔力持ちの平民として生きるかの瀬戸際にいるのだと、強制的に理解させられたのです。
 加害者の子供には、ローゼマイン様の温情をいらないというのなら、他領の白の塔で親の連座として魔力供給をする道しかないのだと説明されました。

 ローゼマイン様が獲得したこのアレキサンドリアは、罪人の魔力など必要としていないのです。神殿に孤児として引き取られたことが、既に格別の温情なのだとハルトムート様がおっしゃいました。
 洗礼式前の子供たちは、適正を見てから、アウブとなったローゼマイン様が後見人となり洗礼式を行うようです。その後には、わたくし達と同じように青色見習いとして神殿で努めるそうです。
 加害者の子も被害者の子も、孤児あることは同じだと、わたくし達を助けてくださるローゼマイン様への感謝を祈ることが孤児院での日課となりました。

 わたくしは領主候補生として、人の上に立つということを知るために孤児院長に就任いたしました。一番上位のわたくしが、孤児院を問題なくまとめられるようにという配慮をいただきました。
 本来ならば青色見習いとして部屋を頂いた後は、全て自分で賄わなければならないようですが、わたくし達にはその術がありません。
 神殿長となられたローゼマイン様の配慮により、青色見習いたちは食堂で皆で食事をします。いずれは神事に参加して、収穫祭で奉納される農作物を自分で管理し、今後の神殿での生活にかかる費用を勉強していくことになるのです。
 階級は違えど同じ立場というものに、始めはとても戸惑いました。しかし、わたくし達には、不思議な絆といえるようなものが芽生えたのも事実です。

 共に貴族院へ通うようになると、それを顕著に認識いたしました。アレキサンドリアの寮内では蔑まれることなどありませんでしたが、奉納式への参加のために一度領地へ戻ると、他領からの視線が変わることがありました。
 それが好意なのか蔑みなのかは特に注意を払うようにと、フェルディナンド様から言われております。
 神殿で暮らすわたくし達を、自領の神殿改革でこき使おうと考えている輩が多くいるというのです。そのような考えの手の者に甘言をささやかれても乗ってはならないと、神官長であるハルトムート様にも性別を問わずに厳しく言われております。
 わたくし達は、このアレキサンドリアを出て行く気が無いことを皆で話し合っております。中には、成人してからも神官として努めたいと打ち明ける男子も居りました。

 わたくし達は、貴族達から離されることで守られてきました。しかし、加害者の子供たちには、親の行ったことを話さないわけにはいかなかったのです。知ることが彼らの権利であり、義務でもあったのです。
 アウブであるローゼマイン様が、孤児たちの後ろ盾となっても連座を口にする貴族はいます。そんな人たちとこれからどう付き合っていくのかを、わたくし達はしっかりと考えなければなりません。他領へ出たときにどう見られるのかということも踏まえ、ランツェナーヴェ事変は隠されること無く教えられていました。

 その中で、孤児院にいたアルステーデ様の子供であるベネディクタは、非常に辛い立場であったと思います。彼女には特に慎重に、アレキサンドリアで生きることと他領で生きることの違いを教えられてきました。
 青色巫女見習いとして、彼女はとても真摯に神に向き合っていました。それでも、心の晴れないことが多かったようで、沈んだ顔をしていた彼女をわたくしはお茶に誘いました。
 
「ベネディクタは、何か悩んでいるのですか?」
「レティーツィア様は、いずれアレキサンドリアを出て行かれると言うのは本当ですか?」
「……わたくしには、王命が出ています。わたくしの一存では、決められないのです。ベネディクタはアレキサンドリアを出たいのですか?」

 わたくしの質問にベネディクタは口ごもりましたが、他領へ出たいと望んでいるようにはわたくしには見えませんでした。

「……わたくしは、他の孤児たちとは違います。ここにいていいのかと考えてしまうのです」
「責められない事が辛いのですか?」
「!! そうです! わたくしのお母様とお父様はっ、一番の罪を犯しているはずです! なのに、なぜアウブはわたくしを助けてくださったのですか!」
「貴女に罪が無いからです」
「そんな……」
「罪はその当人へ。それが、アウブ・アレキサンドリアのお考えであり、ツェントがお認めになりました」
「それでも、わたくしを責めるべき方々はいるはずです」
「そうでしょうね。でも、それはアウブ・アレキサンドリアへの造反になります。子に罪は無いと、後見をした洗礼式を済ませたことでそれをお認めになりました」

 まだ貴族院へいったことのないベネディクタは、外からの視線を知りません。きっと入学すれば彼女のことはすぐに知られるでしょう。何せ、似ていますから……。

「貴族院へ行けば、どのように見られているかを実感できると思います。ベネディクタはまだ結論を出すときではありませんよ。アレキサンドリアの学生達は、アーレンスバッハの名から誰一人として逃れることはできません。貴女が入学する時までに、わたくし達はローゼマイン様の名に恥じない実績を残したいと思っております」
「レティーツィア様は、お強いのですね」
「……強くならねばならないのですよ」

 わたくしが苦笑しながら答えると、ベネディクタはすこし微笑んで頷きました。
 体の成長とともに、他人の魔力を感じとれるようになると、わたくしは違和感を覚えるようになりました。
 貴族院で、魔力を感じる存在が少ないのです。領地対抗戦で各領地から来る成人の方々の中には、強く魔力を感じる存在もおりました。しかし、一番驚いたのはツェントの魔力を感じられたことです。
 ですが、ローゼマイン様とフェルディナンド様の魔力を感じたことはありません。やっぱり、お二人の格は違うのだと再認識した次第です。
 その中で、ヒルデブラント様の魔力を感じることもありませんでした。王命そのままでは、わたくしは子供を持つことも出来なくなりそうです。
 そんなわたくしの不安が表に出ていたのか、珍しくローゼマイン様とフェルディナンド様の連名でお茶に誘われました。

「お招き頂きありがとうございます」
「たまには、レティーツィアともゆっくり話したいと思っていたのです」

 そう言って、また新しいお菓子を薦めて下さいます。

「報告が入ったが、レティーツィアはヒルデブラントとの釣り合いが取れてはおらぬとは本当か?」
「……はい。ツェントの魔力を感じて驚きました」
「圧縮には気をつけていましたよね? 元の素養が高かったのかしら?」
「そうであろう。ドレヴァンヒェルの領主候補生を祖母に持つのだ。それに加えて君の圧縮なら、ツェントと並ぶのも不思議ではないであろうな」
「良いことではありませんか。でもそうなると、王命が邪魔ですね」
「廃棄させるか」
「元々フェルディナンド様は、そのおつもりがあったのでしょう?」
「……まあな。私の教育と君の圧縮で、無能が育つはずが無い」

 お二人の会話にわたくしは内心慌ててしまいました。

「あ、あの、王命を廃棄って出来るのですか?」
「させればいいだけだ」
「身の丈にあわない王命って、邪魔でしかないでしょ?」

 お二人は茶器を傾けながら、雑談でもする気軽さで話されます。簡単に廃棄すると言ってますが、大丈夫なのでしょうか? アレキサンドリアの迷惑になる事態は、絶対に避けたいです。

「ねえ、レティーツィア。アレキサンドリアとか領主候補生とか考えないで、貴女自身の望みを教えてくれる?」
「望み、ですか?」
「ええ。どうなれば自分が幸せだと思えるのか、今の分かる範囲でいいから、わたくし達に教えてくれないかしら」
 
 ローゼマイン様のお言葉は、わたくしには救いでした。初めてお言葉を交わしてから、ローゼマイン様はいつもわたくしを助けてくださいます。
 フェルディナンド様の課題の多さに心が折れそうなときも、離れた両親のことを思い出して寂しいときも、お土産付きのお手紙やシュミルのぬいぐるみでわたくしをいつも慰めてくださいました。
 もし、望んでいいのなら……。

「本当に、言葉にしてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろん。わたくしは、貴女の養母ですもの。子供を幸せにするために努力するのは、親の務めです」

 ローゼマイン様はそう言って、優しく微笑んでくださいました。わたくしは、ここ数年のうちに固まった自分の気持ちをお伝えします。

「お許しいただけるのなら、ローゼマイン様とフェルディナンド様の下、アレキサンドリアへ降嫁したいと思います」

 わたくしがはっきりと言葉にすると、ローゼマイン様が意外なことをおっしゃいました。

「降嫁のお相手は、ベスエルートでいいかしら?」
「ふむ。護衛騎士でギーベ・ヴルカタークの次男か。ギーベの跡継ぎ問題が出てこないか?」
「ギーベの元へなど、嫁がせませんよ。レティーツィアが新しい家を興し、ベスエルートが婿入りすればいいではありませんか」
「良かろう。それで根回しをしよう」

 わたくしが驚きのあまり、言葉に出せずあわあわとしている間に、お二人によって降嫁先が決まってしまいました。

「異論はあって? レティーツィア」

 わたくしの頬を赤く染めて、ローゼマイン様は素晴らしい笑顔でおっしゃいました。どうして知られていたのでしょう。恥ずかしいです。

「……ございません」

 わたくしが小声で答えると、フェルディナンド様がおっしゃいます。

「ベスエルートの魔力量はどうなのだ? つり合わねば意味が無いだろう?」
「その辺は、コルネリウスがそれとなく助言をしています。本人が望めば契約圧縮を教えるつもりもあります。残りは気合でしょう」
「また君は適当な」
「あら、ダームエルさえ出来たのです。ベスエルートもきっとやってくれますよ」

 ローゼマイン様のお言葉どおりに、わたくしの王命は廃棄され、ベスエルートのもとへ降嫁することが叶いました。
 わたくしとの魔力差を縮めるために、ベスエルートには厳しい時期がございました。しかし、それもローゼマイン様からの助言により、わたくし達は子を授かる範囲に縮まりました。
 わたくしの養母は、わたくしの幸せを全力で応援してくださいました。ただ、助言をいただいたときの「神様ってすごく便利でしょ?」と無邪気な顔でおっしゃられたことは、フェルディナンド様には秘密にしておこうと思います。